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わすれもの

  • 2025年11月23日
  • 読了時間: 3分

実家で父の遺品整理をしたあと、自分の家に帰って来た時の話です。

父の遺品はそんなに多くなかったし、几帳面な父らしく、タンスの中や押し入れの中のいろいろな物は丁寧にまとめてられていたので、特に大変ではありませんでした。ほとんど同時期に亡くなった母の遺品整理はめちゃくちゃ大変でしたが…

捨てる物と、誰か身内に形見分けとして譲れそうな物とを分類し、別々の箱に入れて、自分の家に帰りました。帰る途中で、私自身が父の形見として持っておける物を、取り分けてなかったことに気付きました。

明日、見つけようと思い、何か父の思い出になるものがあったかな?と電車の中で考えながら、家に帰りました。

翌日、父の弟や甥たちが父の形見を何か欲しいと連絡してきたので、私はまた実家に行って叔父たちを迎え、彼らが欲しがった父の洋服や筆記用具、本などを持って帰ってもらいました。私も何か形見として持って帰ろうと思っていましたが、もう何も残っておらず、仕方なく手ぶらで帰りました。

帰る時、実家の玄関の鍵を閉めた瞬間、ガチャっという音とともに、なんだか人の声のようなものが聞こえました。

「ほら忘れてる」とか「おや助けてよ」とか、そんな風に聞こえ、空耳が聞こえるなんて、私相当疲れてるなあ、と思いながら帰路につきました。

私は、お父さん大好きな父親っ子だったので、形見が何もないことが悲しくて、しばらくの間、叔父たちに全部あげてしまったことを後悔していました。その上、いい歳なのに親が亡くなったという喪失感とうまく折り合うことも出来ず、泣いてばかりの日々を送っていました。

そんなある日、一緒に住んでいる長男が

「お母さん、俺こんなコート持ってたっけ?」

と言いながら、一枚の服を手に、私の部屋に入ってきました。

グレーのカシミアのロングコートでした。

「えっ?それはおじいちゃんの…」

見覚えのあるそのコートは、父の還暦祝いに私と兄でデパートに父を連れて行き、奮発してオーダーメイドで作ってあげたロングコートだったのです。

「なんでうちにあるの?」

長男もわからないようで、自分のクローゼットの一番奥に掛かっていた、と言うのです。

そのコートを私の家に持って帰った記憶はなく、てっきり叔父たちが持って行ったと思っており、父がとても喜んでくれた物だったので、手元に残らなかったのが残念だな、と思っていたのです。何か別の物を持って帰って来た時に、一緒に袋に入っていたのかな?でも、形見を仕分けしたあとは、手ぶらで帰って来たと記憶しています。

そのコートを長男に着せてみましたが、長男は体格が良いので小柄だった父のサイズの服は、まず腕が通せませんでした。無理やり着たら破れそうだったので、父の生前に実家に行った時、借りて着て帰ったということも無さそうです。

不思議でした。

試しに私が着てみたら、なんとピッタリでした。

そしてその瞬間、昔父と交わした会話が頭の中によみがえってきたのです。

「お前たち、こんな良いものをありがとう。でもこれは高級品だからきっと長持ちすると思う。お父さんが死んだあとは基朋が着るといいぞ。」「何を縁起でもないことを…」


実家の鍵を閉めた時に人の声みたいに聞こえたのは、きっと父の声。

「ほら、忘れてる」

私が持って帰るのを忘れていたコートを、父がこっそりと私のために持ってきてくれたのだと思います。

毎年冬は、その暖かいコートを着て過ごしています。


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