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あの世からの采配

  • 2025年11月14日
  • 読了時間: 3分

亡くなった母は、兄のことをとても可愛がっていました。小さい頃からずっと、大人になってからも、母の兄への愛情は多大でした。そして妹の私に「お兄ちゃんの言うことをよく聞いて、お兄ちゃんの力になってあげなさい」と、ことあるごとに言っていました。昔は長男はその家の跡取りという考え方から、長男を大事にするという人が多くいて、母もそういう考え方だったのでしょう。母の一番は、父でも娘の私でもなく、兄だったと思います。


両親が亡くなったあと実家を処分し、それまで実家に住んでいた独り者の兄は、1人で自分の気に入った土地に家を借りて住むことにしたようです。ところが、初老の男の一人暮らしに世間は冷たかったようで、なかなか家が借りられず、やっと借りられた家の大家さんから、血のつながった保証人を立ててくれと言われたようで、私に保証人になってくれと連絡してきました。

「近いうちにそっちに行く。保証人の書類には、お前の印鑑登録証明書の写しを添付しないといけないから、役場で取って来ておいてくれ」

と言われました。ところが私は、そのことをすっかり忘れていました。

連絡が来て二週間くらい経ったある日の夜中、私はふと目を覚ましました。そして、「印鑑登録証明書取っておかなきゃ!」と唐突に思い出したのです。別に兄は具体的に何日に取りに来るとは言ってなかったので、まだいいか、と思いながら日々を過ごしていたのですが、夜中に思い出したことで、なんだか居ても立っても居られないような感じがして、その日の仕事帰り、役場の閉館時間5分前に飛び込んで証明書を取得しました。

当時の私の仕事は夕方5時に終わり、職場から歩いて10分の場所にある役場の終了時間は5時15分。終業時間が迫ってくると予定通りに仕事が終われるかハラハラしていました。でも、終業時間直前に仕事を押し付けられるということも無く、職場ビルの下りエレベーターもすぐに来て、役場に行く途中にある長い信号にも引っ掛かることなく、何もかもスムーズに進んで、役場の終業時間5分前に着き、無事に印鑑登録証明書の写しを受け取ることができました。

ホッと一安心して、帰り道にふと携帯電話を見ると、兄から「今日の夜、印鑑証明書取りに行くから」というメッセージが入っており、「ああ良かった、ちょうど間に合った」と思いました。

でも、よく考えたらなんで夜中に目が覚めて思い出したんでしょう?私は一度寝たら朝までぐっすり眠れる体質で、夜中に起きることなんてほとんどないのです。それに仕事が普通に終業時間に終われることなんてめったにないし、職場ビルの下りエレベーターは普段なかなか来ない。途中の信号にもだいたい引っ掛かるのです。そして、その日に兄が取りに来るとは…。

夜になって兄が来て、私が保証人の書類に必要事項を記入して証明書を渡した後、二人でお茶を飲みながら久々に兄妹水入らずで語り合い、楽しく過ごしました。

でも兄が帰った後、ふと思いました。なんだか、あの世から母が兄のために物事をスムーズに動かし、私を働かせたように思える…

「お母さんは、死んでもなお、お兄ちゃんが一番なのか…」

私は母の遺影に向かって呟きました。

その時、母の遺影が満足そうに微笑んで見えたのは、気のせいでしょうか?


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