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幻聴ではない…

  • 2025年11月15日
  • 読了時間: 3分

子どもの頃、ピアノ教室に通っていました。

レッスンルームが併設されている先生の自宅に習いに行っていたのですが、私がレッスンを受けている部屋の他に、もうひとつレッスンルームがあったと記憶しています。

その日、いつも習っている部屋でレッスンを受けていると、かすかにどこからかピアノの音が聞こえてきました。先生と一対一のレッスンだったので、他の生徒と遭遇したことはなく

「あれ?」

と思って先生を見ると、なんだか真っ青な顔をしており、びっくりした私は

「先生、大丈夫ですか?」

と尋ねました。先生はそれには答えず

「基朋ちゃん、なにか聞こえる?」

と聞いてきました。

「ピアノの音が聞こえますけど…私の他にも生徒さんが来ているんですね。もうひとつの部屋で練習しているんですか?」

「…なんの曲かわかる?」

「…先週くらいに私も弾いていたバッハのインベンションですよね?」

「…やっぱり聞こえるんだ…」

先生はそれだけ言うと、

「今日のレッスンはここまでにしましょう」

と言って、その日のレッスンは終わりました。

家に帰って、母に今日のレッスンの内容と、なんだか様子がおかしかった先生のことや、聞こえてきたピアノの音のことなどを話すと、母もなんとなく不自然な感じで私の話を遮り、その時は終わりました。

その後、先生の体調不良でしばらく教室はお休みになり、そのうち我が家は父の転勤に伴って引っ越しをし、そのピアノ教室に行くことは無くなりました。

月日は経って何十年か後、大人になって母と話をした時、あの時のピアノ教室の話が出たのですが、母から驚くような事を聞かされました。

「基朋が子どもだったから、怖がると思ってあの時は言わなかったんだけどね。あのピアノ教室にね、基朋よりひとつ年上の女の子が習いに来ていたんだけど、交通事故で亡くなってしまったの。この話は、あのピアノの先生に聞いたんだけど、あまり熱心に練習をしない子だったから、先生がきつく叱ったらしくてね、ほら、あの先生厳しかったじゃない?」

「そうだね、ピアノ弾いている途中でも指使いが悪いと、手を叩かれたりしたなあ。怖かったけど、ちゃんと練習していったらすごく褒めてくれたから、私は別に嫌いじゃなかったよ」

「そうよね。熱心に指導するが故の厳しさだったと思うよ。それで、その亡くなった子が、全然練習してきてない日があって、先生がすごく叱ったんだって。もう来なくていいって、感情にまかせて言ったらしいの。で、その子は泣きながら帰って、その帰り道に車に轢かれてしまい、運ばれた病院でずっと、「先生ごめんなさい、ごめんなさい」ってうわ言を言いながら亡くなったそうよ。その子の親から先生はすごく責められたみたいなんだけど。その日から、その子がレッスンを受けていた部屋から最後にレッスンをうけた曲が聞こえてくるようになって、しかもいつも間違えていた箇所が、やっぱり間違って弾いているように聞こえてくるんだって。先生は自分の精神状態がおかしくなって幻聴が聞こえているんだって思ったけど、基朋も聞いてしまったんでしょう?だから幻聴じゃないってわかって、先生相当ふさぎ込んでしまったのよ。お母さんは、時々連絡を取って話を聞いたり励ましたりしていたんだけど、引っ越してからは疎遠になってしまって…どうしているんだろうね、先生…」

母の話を聞いて、

「ああ、そうだったんだ」

と思いました。バッハのインベンションはとても難しくて、子どもの小さい手では指が届かない箇所がいくつもあり、あの時聞こえてきたインベンションも届かない部分が弾けてなくて、楽譜通りとは程遠い出来ばえだったのです。

やっぱりあの時聞こえてきたインベンションは、亡くなった子が練習していたのだろうと思います。

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